2019年09月12日

ありったけの愛で 37

 

 

「あ、あの!ユノさん!!」


ベテラン生徒さんからアドバイスを受けていると、まっ赤な顔をしたチャンミン先生が声を掛けて来た。手が空いたのかと嬉しくなり、思い切り踏み込んで距離を縮める。

 

「なんですか?」


ただ聞き返しただけなのに。チャンミン先生は見るからに動揺して、一歩、後退する。

 
「どうされました?」

「そ、そんなに近付かなくても良いですから…」

「え?何ですか?」

 
小さな声が聞き取れない。って、演技をした訳じゃないけど、聞こえないふりをして、また距離を詰めた。すると、周りから歓声が上がる。チャンミン先生の顔が更にまっ赤になる。


集まる視線に耐えきれないのか。チャンミン先生は俺の手を掴み、強引にバックヤードへと連行した。

 

 

 

ここに俺が入っても良いのだろうか。積み重ねられた段ボールを眺めながら、そんな事を思う。

急に振り向くチャンミン先生は少し怒ったような顔をして、動きを止めた。

 

「あ、あの!ユノさん!」
「なんですか?」
「余りにも正直に言いすぎだと思います!!」
「そうですか?」

 
眉間に皺を寄せ、困った顔をされて…俺は今、責められているのだろうか。何か悪い事をしたかと、考えてみる。

 

「俺、悪い事しましたか?」
「そ、それは…」


首を傾げながら聞き返すと、チャンミン先生は困ったように視線を逸らす。

 


「悪い事をしたなら、言って下さい。謝ります!」
「謝る程の事では…」
「何でも思った事を言って下さい!」
「あ…」


ここは誰にも見られない場所だ。そう思ったから…ってだけじゃないけど、一段と踏み込み、距離を詰めた。


唇が触れそうな距離で問い掛けると、チャンミン先生の吐息が掛かる。

 

「俺は何か、悪い事…」

 

あと少しの距離を詰めたのは…俺?それともチャンミン先生だった?

どちらが動いたのか分からないけど、唇が重なる。

 

キスをしても良いか、聞いていないと、ハッとした。でも、回された腕のお陰で、直ぐには離れられず、俺はこの状況を喜んでいた。

 

 

 

 

 

「んん…」

 

僕とユノさんしか居ない空間に…漏れる声が響く。


身体が勝手に動いた。それは気のせい?僕じゃなくて…ユノさんから動いてくれた?

 

そんなのどっちだって良い。


ああ、どうしよう。ここが何処でも関係ない。感じる熱さが気持ち良い。離れたくない。もっと感じていたい…。

 

我を忘れ、夢中で吸い付いていた時間は、どの位の長さだったのだろう。凄く短いようで…実際は長い時間だった?


幾らでも込み上げてくる欲求を止めてくれたのは納入業者さんの声だった。

慌てて離れ、何ともないような顔をして、受け取りのサインをする。


荷物を置いた業者さんを見送ってからも、ユノさんの顔は見られない。顔も耳も熱くて、動悸もする。呼吸も乱れて、混乱状態でいると、ユノさんの腕が延びてきて、引き寄せられた。

 



「ちゃんとしないと…」

「な、何をですか?」

「キスしても良いか、聞いてからじゃないと、駄目でしたよね…?」

「そ、それは…」

「怒られる前に、聞きます。またキスをしても良いですか…?」

 

確かに、そう言った記憶はある。でも、さっきのキスは責められない。今だって、そう。僕に決定権を与えないで良い。強引に唇を奪われても…怒ったりしない。…寧ろ、喜んでしまいそう。

 

そんな事を考えている間にも、ユノさんは距離を詰めてくる。

 

「…早く、返事をしてくれないと…唇が当ってしまいます」

「…そ、そんな事を言われても…」

 

止めるべきと分かっていても、拒みたくない。何も考えず、感じたい。そんな答えに至った時。また違う業者さんの声がした。

先生達が止める声がして、一安心したけど…急に冷静になってしまい…ユノさんの唇を指先で止めてしまう。

 


「ユ、ユノさん、今は駄目です!」

「……」


ユノさんは視線を逸らさずに、真っ直ぐ僕を見る。それから、唇に隙間が生じ…指先をペロリと舐められた。


「…っ!」


悲鳴を上げる訳にいかない。慌てて、手を引こうとしたのに、ユノさんに止められる。


「今が駄目なら、いつなら良いか、教えてくれませんか?」

「…っ」


なんて事だろう。ユノさんがいつもと違う。

放たれる濃厚な色香にクラクラして…僕は倒れそうになっていた。








 


 

 

 

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2019年09月08日

ありったけの愛で 36

 



ユノさんと楽しく食事をしていると、会話が弾む。滞りなく流れていた話の中で、僕は急に思い出した。 


 

「あの、ユノさんはワインとかお好きですか?」

「え?」

「あの、もしお好きなら…お勧めしたいワインがあって…」

「そうなんですか?」

「一人で開けるのは何だか勿体ない気がして、大事に保管しているワインがあるんです。ユノさんが嫌じゃなかったら、一緒にどうかなって…急に思って」

「俺もワインが好きです!!」

「本当ですか?」

「はい!!」

「僕は他のアルコールも好きなんですけど、ユノさんは…」

「何処までもお付き合いします!!」

「良かったです」

 

良い返事を貰い、嬉しくなった。でも、浮かれている場合じゃない。次の日の事を考えて、自重しないと。冷静に考えると、不安になってきて、ユノさんに尋ねてみる。

 

「でも、ユノさん。程々にしないと、次の日に響きますよね。まだ早い心配かも知れませんが…楽しくても節度を持って飲みましょうね」

「はい」

「でも、僕…楽しくなると、我を忘れる時もあって…。自重しようと思いますけど、もし危なっかしい時は止めて下さいね?」

「はい。あ、でも…俺も急にぶっ倒れるかも」

「え?そんな経験がありますか?」

「はい。仲間達と騒いでいて、目が覚めると朝だったって事は何度も…」

「それだと、困りますよね…。なら、やっぱり…」

「大丈夫です!!次の日も休みを取りますから!」

「え?」

「そうすれば、気兼ねなく楽しい時間を過ごせますよね?」

「ああ…」

「もし、ぶっ倒れたら、放置して構いませんから」

「いえ。放置なんて出来ません。きちんとお布団を用意しておきますね」

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

 

ユノさんが大袈裟な返事をした後で、ハッとした。


もしかして、今、僕は…ユノさんを泊める約束をしたのだろうか。聞き返そうとして、ユノさんに先を越される。

 

「思い切り、飲み明かしましょう!!」

「は、はい…」

 

全力の笑顔を向けらると、頷く事しか出来なかった。

 

 

 





***
 

「ど、どうしよう…」

 

自宅に帰りつき、ドアを閉めた途端。一気に押し込めていた感情が噴き出して、落ち着けなくなる。
 

「お泊りなんて…思ってなかったのに。ああ、布団だけじゃなくて、パジャマも必要?ああ!大掃除しないと!ああ、でも、時間がない!!」


座ることも出来ず、右往左往していると、着信を知らせる音が鳴る。ユノさんから届いたメッセージには今夜のお礼だけじゃなくて、気になる文言が記されていた。

 

『パジャマも持参しますので!!』

 

ああ、それなら僕が用意しなくても良いのか…なんて、冷静に思った後。お泊りが決定事項だと改めて実感してしまい、混乱状態となる。心落ち着けられるまで、時間が必要だった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

「え!?お泊りするの?」
「ええ!そうなんです!!」


追加された約束は隠しておこうと思っていたのに。ユノさんの大きな返事が教室内に響いた。質問をしていたベテラン生徒さんや同僚の先生達から一斉に視線を向けられ、僕は固まってしまう。

 

「やっぱり手ぶらで行くのは問題だと思うんですけど。何を手土産にすれば良いと思います?」

「そうね〜。ワインを楽しむなら、あてになるような」

「チーズとか良いんじゃない?」

「ああ、なるほど!」

 

ユノさんは僕の動揺に全く気付く様子がない。楽しく相談会を始めるから…隠し事は見事に知れ渡り…それから僕は色んなパターンの励ましを受ける事になった。

 

 

 

 


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2019年09月07日

ありったけの愛で 35

 

 

 

「どうだった?」
「チョンさん、大丈夫だって?」

「はい…。何が何でも休むって…。良い返事をくれました」

「良かったわね!」
「ここの事は心配しなくて良いから!素敵な時間を過ごしてね!」

 
「あ、ありがとうございます…」

 

返事を待っていた同僚の先生達に結果報告すると、自分の事のように…物凄く喜ばれた。

 

本来なら、出勤だった日を変わると言われ…兎に角、ユノさんを誘えと言われた。何処かへ行った方が良いとか、ユノさんの部屋に行けば良いとか。色々な提案をされた。


どうして、みんなが協力的なのかはよく分からない。でも、折角の厚意を無下にする理由も無くて…僕の部屋に招こうかと思った。


丁度、届いたばかりの食材がある。一人で調理してひっそりと味わうつもりだったけど、今ならユノさんに振る舞いたい。

ユノさんの家でだと…授業になりそうだし。僕の部屋でゆっくり寛ぐのも良いかと思って、誘ってみた訳だけど。

正直、周りやユノさんの反応の大きさに戸惑う。


冷静に考えてみると…自宅に招くのは時期尚早だったのだろうか。

でも、ユノさんの家にお邪魔した事はある。僕の家に来て貰っても、特別な意味がある訳じゃ…。

 

「もう付き合っているんだし…もし、何がどうなっても…そこに問題はない…」


つい、声に出して独り言を呟いていると、視線が集まる気がする。慌てて、平静を装っても、何故か意味深な笑みを返される。



僕も苦笑いを返していたけど…直ぐにユノさんとの色んな想像をしてしまって、動揺して戸惑っていた。

 

 

 

 

 

  
***

 

「チャンミン先生!!」

「ユノさん?どうして、ここへ?」

「待ちきれなくて、来てしまいました!」
 

一日の業務を終え、エレベーターを降りた所で元気な声に迎えられる。来てくれるとは言ってなかった。驚きと申し訳なさがあるけど、一番大きなのは嬉しさだ。

 
急いで駆け寄り、頭を下げる。



「待ったでしょう?今日は打ち合わせがあって…遅くなってしまったから…」

「いえ。俺も終わりが遅かったので」

「夕食は?」

「まだです!チャンミン先生もまだですよね?」

「はい」

「なら、ご一緒しましょう!」

 

ユノさんは笑顔で手を差し出してくる。微笑み返し、手を重ねて歩き出した。

 

 

「あの、ユノさん」

「はい、何ですか?」

「次の休みの約束なんですけど…」

 

僕はあれから時々、考えていた。家に誘ったけど、もし、出掛けたいならそれも有りって事を伝えたい。二人で同じ時間を過ごせるなら、それが何処でも良いって事を言いたかった。

 

それなのに、ユノさんは他に選択肢はないと言い切る。

 

「デートはその次にしましょう!次の休みは絶対に、チャンミン先生の部屋にお邪魔します!!」

「そうですか?」

「何か、買っていきましょうか!?何でも言って下さい!!」

「ユノさんは食べたいものとかありますか?リクエストがあるなら、その食材を…」

「俺はチャンミン先生が食べたいです!!」

「…え?」

「あ、いや、チャンミン先生の手料理なら、何だって食べたいです!!」

「ああ、そうですか」

 

ユノさんは凄く楽しみにしている。それがとてもよく分かる。

もっと具体的なリクエストを聞き出そうと頑張ってみるけど、ユノさんは浮かれていて、思ったような会話にはならなかった。

 

 

 

 

 

 。

 



 

 

 

 
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2019年09月06日

ありったけの愛で 34

 

 

突然のキスに驚いて、身体が動かなくなり息が出来なくなった。

慌てて離れ、謝るユノさんを責める気なんて微塵も無い。ただ、動揺が激しい。いきなり過ぎて、想像もしていなくて…。ただただ本当に驚いてしまう。

 


「ごめんなさい!」

「い、いえ。謝る事はないです」

「いきなりでしたよね?ああ、俺の悪い癖で…。何も考えず、身体が動く事があって…。あ!でも、こんな風にキスするなんて事は無かったのに…」

「だ、大丈夫ですから。早く行きましょう」

 

いい大人がキスぐらいで何を戸惑っているのだろう。そう思って、ユノさんの手を掴み、歩き出してみたけど…動揺はまだまだ続きそうだ。


ドキドキしている。可笑しな位に騒ぐ心臓を落ち着けたいと思っても…難しい。それでも、ユノさんに気を遣わせたくなくて、必死で言葉を付け足す。

 


「あ、あの!ユノさん!」
「はい!」
「勿論、嫌じゃなかったですから…」
「え?」
「でも、出来れば次は…誰も見ていないような所でお願いします…」
「誰も見ていなければ、しても良いですか?」
「はい…。あ、でも、出来ればする前に、するって言って貰えると…心の準備が出来るような…」
「分かりました。出来るだけ、努力します」
「よろしくお願いします」
 

頭を下げると、ちょっと困ったような笑い声を返される。

 


「チャンミン先生は…どうして、そんなに可愛いんですか」

「え?」

 

可愛いと言われると、違和感に襲われ、くすぐったくて首を傾げたくなる。それも出来れば言わないで欲しい…と、思った時。ユノさんがまた顔を寄せて、今度は頬へと唇を押し当てた。

 

 





 ***
 

 

「はあ…。チャンミン先生に早く会いたい…」

 

思わず、口から出てしまった溜息には俺の気持ちが乗っていた。


昨夜の出来事は夢や幻じゃないよな…。


勝手に吸い寄せられてしまった俺に、何故か、チャンミン先生の方が謝っていて。もし、あれが室内だったら、間違いなく押し倒していただろう。

 

…だから、外で良かった。キスで動揺するって事は、チャンミン先生は純なんだ。勢い任せで押し倒して良い相手じゃない。もっと気持ちに寄り添って…きちんと了解を得てからじゃないと。

 

そう思っても、踏み止れる自信なんてない。暫く、二人きりになるべきじゃないのかも知れない。いや、でも、それはそれで問題だ。許される限りは一緒に居たい。同じ時を過ごしていたい。

 

幾らでも出てくる切ない溜息を漏らしていると、友達が声を掛けてくる。

 


「お前、何処か悪いのか?」

「は?」

「熱でもあるんじゃないのか?さっきから顔が赤いぞ?」

「熱なんてない。いや…熱があるんだろうか…」

「大丈夫か?」

「…いや、これは恋の病だから…暫く、治らないんだ…」

「…ああ、そうか」

 

微妙な顔をして友達は早々に去っていく。可愛い表情を思い出していると、メッセージが届いた。

 

 



『次の休みが合う日…良かったら、僕の部屋に来ませんか?』

 

目に入る文章を理解するのに、時間がかかる。

 

『でも、無理にとは言いません。もし、都合が合えばで良いんですけど…』


『駄目なら次の機会に…』


 

俺の返事を待たず、続けて届いたメッセージに、ハッとして行動を起こす。

 



「行きます!有休を使います!次のお休みは何時ですか!!」

 

折り返し、電話を掛けた俺はチャンミン先生がたじろく程に、興奮状態で願ってもない約束を確定させた。

 

 




 。



 

 

 

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2019年09月01日

ありったけの愛で 33



 

 

「素敵な光景を見せてくれてありがとうね!」
「どうやって機嫌を直すのか、見てみたいけど…そこまでお邪魔したら悪いから遠慮するわね!」
「頑張ってね!!」


次々と声を掛け、ベテラン生徒さん達は帰っていった。チャンミン先生を怒らせてしまったと、焦る俺は放心状態だ。

直ぐに謝ろうと思っても、次の授業が始まってしまった。そこに割り込んで行くほど、非常識じゃない。仕方なく、荷物を手にして、その場を去った。

 

 

 



 

 

***

 

「…んん」

 

思わず洩らすしかない声は妙に切ない。

最後の授業は無事に終わり、今日の業務も終了だ。勝手に出る溜息は何が理由だろう。そんなの考えなくても分かる。ユノさんに取ってしまった態度を後悔しているからだ。


そこまで怒っている訳じゃない。でも、ユノさんは相当に落ち込んでいたようにも見えた。

そうなった原因が何処にあったのか冷静に考えられない。兎に角、早く電話して、謝ろうと思った。


片付けを終え、挨拶をして教室を出た。エレベーターを待つ間、ユノさんの番号を表示させ、準備をした。エレベーターのドアが閉まった時。発信操作をする。

呼び出し音を聞きながら、エレベーターを降りると、そこにはユノさんの姿があった。

 


 

「ユノさん…」
「調子に乗ってすみませんでした!」
「帰ってなかったですか…?」
「直接、謝らないとって思ったから待ってました」
「謝るって…ユノさんは悪くないです」
「直ぐ、周りが見えなくなるのは悪い癖ですよね。以後、気を付けます!」
「そ、そんなに謝ってくれなくても良いです」
「いえ。色々と申し訳なかったです!」

 
深々と頭を下げられると、自責の念が押し寄せる。

 

「悪いのはユノさんじゃありません。僕が素直じゃなかったから…」
「いえ、そんな事は」
「僕は…独占欲が強いみたいです!だから、嫉妬してしまって…」
「それは俺が…」
「抱き寄せられて嬉しかったんですけど…恥ずかしさが勝ってしまって…」
「自制できなかった俺が…」

 

お互いに自分が悪いと言い、相手の言い分を聞いていない。それに気付いたのは、同じようなやり取りを繰り返した後。

同時に違和感を覚えた僕達は顔を見合わせ、暫しの沈黙を経て、笑い出す。

 

「何だか、ごめんなさい」

「いや、俺の方こそ」

 

もう何を謝っているのか分からない。それも同じだってユノさんが笑うから。僕も笑うしかない。

 

「手を繋いでも良いですか?」

「…は、はい」

 

気恥ずかしさに襲われながら。差し出されたユノさんの手を掴むと、色んな感情は嬉しさに纏まってくれた。

 

 

 

 

 
***
 

 
大好きな人と手を繋いで歩けば、それだけで体が軽くなる。心が飛んでいきそうなくらい、浮かれているって事だろうか。


ちらりと視線を向け、チャンミン先生の様子を窺うと、タイミング良く目が合う。



「あ、あの、ユノさん!」

「何ですか?」

「あ、あの…さっき… というか、授業後の食事の時… 生徒さんたちと何を話しました?」

「え?」

「あ、やっぱり、答えなくても良いです!」

 

チャンミン先生は申し訳なさそうに俯き、黙ってしまう。気になるなら放っておく理由はない。その時のやり取りを思い出し、答える。

 

「チャンミン先生の事を話してました」

「…え?」

「色々、聞かれたと思うんですけど…よく覚えていないんですよね。何と言うか…俺はチャンミン先生の事ばかり考えていたから、上の空で」

「そうなんですか?」

「ベテラン生徒さんには失礼ですけど。俺はチャンミン先生を目で追いかけるのに必死でした」

「そ、そうですか」

 

顔を寄せた時も、反応を引き出す為の作戦だった。そんな言い方だった事を説明すると、チャンミン先生は頬を赤く染め、小さく呟く。

 

「皆さんで僕をからかったんですか…」

「それは違います。みんな、可愛いチャンミン先生を見たかったんですよ」

「な、何を…」

「だって、頬をパンパンにするチャンミン先生を見られて嬉しいって、みんな言ってましたよ?」

「そ、そんな事を言っていたんですか?」

「俺も勿論、嬉しかったです。嫉妬して貰えて、羨ましがられて。俺は本当に幸せだって力説して…」

「ユノさん!」

「何ですか?」

「教室では余り、惚気ないで下さいね!」

「どうしてですか?」

「ユノさんは恥ずかしくないですか?」

「少しも」

「ぼ、僕は恥ずかしいので…。生徒さん達の誘導に乗せられないで下さい」

「あはは。出来るだけ…頑張ってみます」


 

真剣な顔をして言うチャンミン先生は堪らなく可愛い。頷いてみたけど、実行できる自信は正直ない。それが顔に出ているのか、チャンミン先生は同じ事を繰り返してくる。

 

「ユノさん」

「努力の結果と希望は一致しないかも知れません」

「どうしてですか」

「だってそれは…」

 

チャンミン先生が余りにも可愛いからだって、耳打ちする。もっと真っ赤になったチャンミン先生が何か言いかけたけど。それを止めたくて…なのか、衝動に負けたのか…。


俺は勝手に顔を寄せ、唇を重ねてしまっていた。

 

 

 

 

 


 

 。

 

 

 

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2019年08月30日

ありったけの愛で 32

 

 

「シム先生?」

「……」

「あの、聞いてます?」

「……」

「あの?」

「え?ああ!!」

 

同僚の先生に話し掛けられていると気付かなくて、慌てて返事をした。

動揺に襲われ、会話が入って来ない。慌ててやり取りして、相手の先生に謝ってから、溜息をついた。


ハッとして、視線を向け、またユノさんの様子を窺う。さっきまでの距離感はなくて、安心してしまった。


…相手は嫉妬する対象じゃない。それは分かっているのに、どうしてだろう。ユノさんが無防備に顔を近付けた時、物凄くモヤモヤした。

ああ、こんなんじゃ駄目だ。もっと落ち着いて冷静でいたい。そう思うのに、視線はつい、ユノさんを追ってしまう。それから、周りの人達との距離感に、一々、ドキドキそわそわしてしまう。

 

ユノさんは僕の動揺やモヤモヤなんて知らないで、楽しそうに談笑している。ベテラン生徒さんのお友達も加わり…笑い声が響いてくる。

 
 

「…ユノさんは…僕のなのに…」

 

口をついた言葉に、ハッとした。僕はこんなにも独占欲が強かった?そんなつもりじゃない。これが初恋って訳じゃないのに。どうして、こんなにも余裕がないのだろうか。

 

誰も見ていない方向へ溜息を吐き、深呼吸をして気を取り直そうと思った。ここは職場だ。

もっと気合いを入れて、頑張らないと。手の平で頬を軽く押し、気合いを入れていると、急に背後から声が響く。

 

 

「チャンミン先生、何やってるんですか?」

「ユ、ユノさん!?」


いきなりの至近距離に驚き、固まる僕の腰に、ユノさんは腕を回して、微笑んだ。

 

 


 

 

「あの、ユノさん…?」

「まだ授業は終わってないですよね?」

「え…?」

「分からない所があれば、聞いても良いですよね?」

「は、はい。でも、ユノさん…」

「じゃあ、教えて下さい。さっきの可愛い嫉妬の理由を…」

「あ…」

 

困らせたい訳じゃない。でも、勝手に身体が動き、行動に出てしまった。ベテラン生徒さん達に背中を押されたってだけじゃない。

何をしても、チャンミン先生は可愛いから。距離を詰めたくなるし触れたくなってしまう。

 


「僕は別に、嫉妬していた訳じゃ…!」

「膨らんだ頬。とっても可愛いと思いましたけど…何か嫌な事があったんですよね?」

「そ、それは…」

「思った事は隠さずに教えて下さい。俺、鈍感って言われる事もあるから…」

「だから、僕は…」

 

まっ赤になるチャンミン先生に耳打ちを続ける。

反応が可愛い。堪らなく、可愛い。ここが何処で、誰が見ているのかも忘れて、もっと可愛い部分を見たいと思う。

 

「チャンミン先生が嫌な事はしたくないですから」

「な、なら、少し離れて下さい!」

「それは…ちょっと無理です。他の事なら頑張ります」

「そ、そんな素敵な笑顔を…向けないで下さい!」

 

チャンミン先生は視線を不自然に逸らし、耳まで赤く染まっている。

 

「後で理由を教えてくれますか?」

「お、教えますから!」

「仕方ないですよね。名残惜しいけど…今は言う事を聞こうかな…」

 

そう呟いた俺は調子に乗ってしまった。耐えきれず、真っ赤っかなチャンミン先生を抱き寄せてしまったから。周りから奇声や歓声が上がる。

 


「…っつ!!」

 

チャンミン先生の動揺が痛い程、伝わってきて…冷静になったけど、それは間に合っていない。

 

 

「もう知りません!!」

 

離れたチャンミン先生はプイッと顔を背け、口をきいてくれなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 




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2019年08月28日

ありったけの愛で 31

 

 

「あの、ユノさん…」
「なんですか?」
「あの…その… 恥ずかしくありませんか?」
「何がです?」
「周りからの視線を感じませんか?」
「え? ああ、そう言われてみれば…」

 
チャンミン先生がそう言うから。視線をあちこちへ動かしてみた。

確かに、良く目が合うし、会釈される。俺も頭を下げてみるけど、特に何も感じない。

俺は感じないけど、チャンミン先生は明らかに動揺し、落ち着かないみたいだ。


 

「…あの、ユノさん。今日の僕も…おかしいかも知れません」
「そうですか?」
「きちんと職務を全うしようと思いますけど…」


弱々しい呟きが不思議だ。何か問題があるなら俺も協力したいと思う。


「大丈夫ですよ!チャンミン先生!俺は何が起きても喜びますから。気にしないで下さい」
「え?」
「それに俺はチャンミン先生しか見えませんから!周りの視線は気になりません!」
「……」



負担を軽くしようと思い、素直な気持ちを口にした。でも、どうやら音量を間違えたらしい。

周りから妙な歓声が上がる。肝心のチャンミン先生は頬を赤く染め、更に居心地悪そうに俯いていた。

 



 

それでも、授業が始まってしまえば、チャンミン先生はいつも通りになった。

いや、いつも通りとはいかない?ちょっとした仕草や表情が可愛らしい。

俺は相変わらず、手元のレシピや食材や調理工程より、チャンミン先生の事ばかりを観察していた。

 

  






***
 

「ここ、良い?」
「え? あ、はい。どうぞ」
「聞きたい事が沢山あるの!答えたくなかったら、無視して良いからね?」
「え?あ、はい」
 

無事に料理を作り終え、実食の時間になった。それを待ち構えていたのだろうか。向かい側を陣取るのは、この前お世話になったベテラン生徒さんだ。

 

授業中、チャンミン先生しか見ていなかった。どうやって作ったのか、全く覚えていないけど、見た目も味も完璧な料理を口にしながら、飛んでくる質問に答える。

 


「え?じゃあ、まだお付き合いし始めたばかりなの?」
「ええ、そうです」
「チャンミン先生って、プライベートでも変わらない?」
「ええ。いつもニコニコしていて優しいですよ」

 

何を知りたいのかはよく分からない。でも、答えられない質問は飛んでこないから、俺は笑顔で応えるだけだ。興味津々な様子はいつまで続くのだろうか。そんな事を思いながら、頷いていると、ベテラン生徒さんが手招きして、顔を近づけ小声になる。

 


「…あのね」
「何ですか?」

 
重要な話をされるのかと、真剣な面持ちで身体を寄せる。

 

「ああ!やっぱり!」

「何ですか?」

「チャンミン先生の嫉妬って可愛いのよね…」

「え?」

「ほら、あっちを見て?」

 

指差される方向へ視線を向けると、こちらを見ていたチャンミン先生が唇を尖らせ、明らかに不満な顔をしている様子が目に入る。

 


「貴方達、まだ喧嘩した事無いわよね?」

「え?あ、はい。まだですね」

「私が怒られるかしら。それとも…」

 


顔を寄せての会話を続けていると、チャンミン先生の頬がどんどん膨らみ、弾けそうになっていた。

 

 

 

 

 

 。





 

 
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2019年08月19日

ありったけの愛で。30

 

 

「デザートまで最高で!本当に美味しかったです!!」
「喜んでいただけて…良かったですし、色々とお疲れ様でした」

 
楽しい時間は長さが変わっているんじゃないかって、疑いたくなる。気付けば、時計の針は進んでいて、そろそろ送っていかないといけない時間だった

断わろうとするチャンミン先生を説き伏せ、家まで送り届ける事にした。夜道は危険だ。真顔で言うと、チャンミン先生は心配しすぎだって笑う。


 

「でも、危ない奴は何処に潜んでいるか分かりませんからね」
「それは…そうかも知れませんけど…」
「チャンミン先生はもっと警戒した方が良いです」
「…そうなんでしょうか。良く言われるんですけど…」


少し、トーンを落として、チャンミン先生が嘆く。日中、鉢合わせした元生徒だけじゃなくて、一方的に想いを寄せる輩は一定数いたみたいだ。




「僕は相手が生徒さんとして…接しているだけ。そう思っているんですけど…」
「チャンミン先生の優しさを勘違いして、勝手に懸想するって事ですか…」
「無下に扱う訳にいきませんからね。受け取り方には個人差がありますし…。線引きが難しくて…悩んだ時期もありました」
「そうなんですか…」


どんな職業だって楽しいばかりじゃない。そう思うけど、実際に話を聞くと…他人事とは思えない。俺だって…勝手に想いを寄せている訳だし。そう思った瞬間。ハッとして声を張り上げてしまう。

 

「チャンミン先生!!」
「どうしましたか?ユノさん」

 

驚いたのか、チャンミン先生の足が止まる。隣から正面に回り込み、チャンミン先生を見る。大きく見開かれた目を見返し、俺はまた口を開いた。

 
「俺も一方的に好意を抱いています!でも、昼間の奴と同列にはなりたくない。だから、チャンミン先生!俺を特別にしていただけませんか?」
「…え?」
「先生と生徒から、一歩踏み込んで!他とは異なる関係に…なってくれませんか!!」
「……」

 
こんな回りくどい言い方じゃ、足りない気がする。俺は思い切り、頭を下げ、手を差し出し、懇願した。

 

「お願いします!俺と…お付き合いして下さい!!」


ここまでストレートな告白をした事が無い。思い付きって訳じゃない。計算する余裕もなく、吐き出してしまった。

遅れてやってくる緊張感に襲われ、指先が震えそうだ。


もし、嫌だと言われたら…次はどんな言い方をしよう。諦めるなんて選択肢はない。でも、ショックは受けるだろうと覚悟した。長いのか短いのか、分からない沈黙の後。手の平に…柔らかな感覚が駆け抜ける。



「…僕で…良ければ…」
「俺はチャンミン先生しか望みません!!」


雄叫びを上げると、手のひらの感覚が強くなった。



「…よ、宜しくお願いします…」


 

消え入りそうな声で、良い返事を貰えた。嬉しさに急かされ、慌てて顔を上げると、まっ赤に染まるチャンミン先生を目が合う。



「チャンミン先生!顔が真っ赤ですよ!」
「ユノさん。その先生呼び…。もう止めて貰えますか?」
「あ?ああ、そうですね!」


思い切り照れながらも、握った手は離されない。


「こ、これから…よろしくお願いします」
「お願いします!!」


俺もしっかり握り締め、チャンミン先生に負けない位、盛大に表情を緩ませ切っていた。

 

 






 
***
  

ユノさんとお付き合いを始めた事は、直ぐに職場内に知れ渡った。隠すつもりはなかったけど…大っぴらにする気も無かった。 

ただ、幾つかの質問に答えただけ。はぐらかしたつもりでも、嬉しさを隠し切れないせいか。直球で聞かれてしまい、正直に答えてしまった。


みんなは良かったと喜んでくれる。そんなに僕とユノさんの事に関心があったのかと、驚く位だ。

みんなは様々な配慮をしてくれると言う。気を遣わせるつもりはないと言ったのに、聞き入られなかった。



「うちの人気講師を射止めたんだから!チョンさんにはもっと頑張って貰わないと!」
「頑張るって、何を…ですか?」
「公私混同しても良いから!遠慮無く、ここの空間を使ってね!」
「え?」

 
先生達の笑顔の意味が分かったのは、それから直ぐの事だった。

 

 



「よろしくお願いします!!」
「今日も…宜しくお願いします…」

 
ユノさんがうちの教室と契約していた回数には、まだ残りがあった。ここでなくても、指導出来る関係になったのに。これとそれは別だと言われた。僕はユノさんとの時間は嬉しいけど、周りの目が気になる。

 
こちら側の事情をそれとなく説明した。でも、ユノさんは特に気にする事も無く、自分の時間を楽しむと宣言していた。

 

「今日も俺だけですか?」
「は、はい。何故か…そうみたいです」

 
そこに先生達の意志が関わっている…とは言えない。ユノさんは以前と変わらずに、僕と二人の授業を喜んでいる。

 

「今日は何を作りますか?」
「ああ、ユノさん。エプロンを直しますから、待って下さい」

声を掛け、後へ回り込むだけで、何処からか喜々とした声が聞こえる。視線を向けると、周りの生徒さん達と目が合って…一気に緊張してしまう。

 
特定の人を特別扱いするなんて、問題だ。そんな指摘を受けたなら、どう対処為べきなのか。今頃考えても遅いのに、不安に襲われていると、ベテラン生徒さんの声が聞こえる。

 

「チャンミン先生!!周りは気にしないで、お二人の世界へどうぞ?微笑ましい光景は、大歓迎だから!ああ、それは相手がチョンさんだからよ?私達も安心しているんだから!」

 
僕達の事情を知っているのは…先生達だけじゃなかった。笑顔を見せてくれる生徒さん達に頷かれ、僕は赤面してしまう。

 

 

「皆さんの大事な先生を独占して、済みません!!でも、その分、貴重な時間を楽しみますから!ご心配なく!」


ユノさんが大きな声で言い切ると、教室内は拍手と笑い声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

posted by てつちゃ at 13:00| Comment(0) | 生徒と先生。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月16日

ありったけの愛で。29




 

 

「後は全体に火が通れば…完成です」
「ああ!もう少しで完成ですか!」
「でも…予定していた物とは…出来上がりが違うかも知れませんので…」
 

チャンミン先生はまだ落ち込んでいるのか、小さく呟いて視線を落とす。

俺には何処までが成功で失敗なのか、分からない。俺一人だとここには辿り着けないって事は言いたくて、大きめの声を出す。

 

「俺、思ったんですけど」

「何を…ですか?」

「いつもと違う事が起きたのは良い事だと思うんです」

「え?」

「二人だから起こった出来事。そう思えば、何だって良い事だって思います!」

「……」

「多分、今日と全く同じ事は起こらないでしょう?」

「僕はもう、焦がしません!」

「だったら、余計に。今を楽しみませんか?」

「…ユノさん」

 


どうせなら、楽しむ方向へ持って行きたい。笑顔を浮かべて、チャンミン先生を見返すと、表情が和らぐ気がした。でも、いつもの優しい笑顔とは違う?ジッと見つめていると、チャンミン先生が悔しそうに呟く。

 

「…でも、僕は…自分が許せません」
「チャンミン先生…」
「失敗しないように、もっと自分を律します」

 

チャンミン先生は思っているより、芯がしっかりしていて…自分に厳しい人なんだろうか。負けず嫌いとか?

知らない一面を垣間見る事が出来たのなら、これはやっぱりラッキーな出来事だ。

 


「俺はもっと違う部分の努力もしようかな…」
「え?」
「チャンミン先生の気を逸らす事にも挑戦してみても良いですか?」

 

俺の問い掛けに、チャンミン先生は考え込む。暫しの沈黙の後、チャンミン先生は慌てて叫ぶ。




「駄目です!そんな挑戦はしなくて良いです」
「もっと楽しくなりそうじゃないですか?」
「失敗はしたくないですから!」
「何を以て失敗と感じるかは人それぞれなので…」
「ユノさん!真面目に取り組んで下さいね!」
「俺はいつだって真剣です!」

 

そんな言い合いをしてから、数秒後。

顔を見合わせていた俺とチャンミン先生は同じタイミングで表情を崩し、笑い声を響かせていた。

 

 

 







 

「これ!美味いですよ!!失敗作だなんて思えません!」

「…そんな事は… あれ? 思ったより…美味しいかも」

「でしょう!?」

「焦げた香りが良いアクセントになっていて…絶妙な旨さを醸し出してますね…」

「流石、チャンミン先生です!」

「いえ!これは僕の力ではありません」

「いや、チャンミン先生の力です!」

 

想像しない展開が続いても、心配は必要なかったのか。出来上がった料理を一口、頬張ると…予想以上の旨さが広がった。


これかこれで…アリかも知れない。続けて頬張ってみると、評価は確信に変わる。


 

「このやり方、良いかも知れませんね」

「そうですよね!」

「でも、再現する自信はないです」

「俺もありません!」

 

ハッキリ言い切るユノさんを見ると、苦笑いしたくなる。

 

「ああ、そうだ。また、チャンミン先生が俺に見とれてくれたら、再現出来るかも知れませんよ?」

「ああ…  って、ぼ、僕は別に…」

「あはは、冗談です!」

「…もう」

 

動揺を隠しきれていない。そう思うけど…誤魔化す必要はないのかも。それでも照れ隠しはしたくて、唇を尖らせながら、程良い辛さの鶏肉を頬張った。

 

向かい合って、笑い合って取る食事は美味しい。改めて、楽しさを感じているとユノさんが尋ねてくる。

 

 

「チャンミン先生は作るのも食べるのも好きなんですか?」

「はい。僕はどちらも好きです」

「俺はチャンミン先生が好きです」

「…ああ、そうですか    …え?」

「指導している時のチャンミン先生も…こうして食べている時も。魅力は異なる気がしますけど。どちらも俺は好きです」

「…あの、ユノさん?」

「本当に、素敵な人ですね。チャンミン先生は…」

「……」

 

今、僕は何を言われたのだろう。

こんなに堂々と好意を告げられるとは思わなかった。

 

これは告白って訳じゃなくて…深い意味の無い感想…なのだろうか。


好意を示されて、嬉しいと思う。でも、どう返せば良いのか、分からなくて…呼吸を忘れてしまう。




 

「あ…俺、今、無意識に本音を言いましたか!?」

「……」

「す、すいません!いきなり!楽しくて気分が良くて、つい、本音が出てしまいました!!」

 

ユノさんは急に慌て出す。今のも冗談だろうって…笑って流せば良いのかも知れない。でも、軽く流してしまいたくない。そんな気がする。

 


 

「…ありがとうございます」

「え?」

「…ユノさんも…とても素敵な人ですよね」

 

直視は出来なくて、視線を落としながら、僕もつられたように…本音を口にしていた。

 

 

 

 

 

 



 

posted by てつちゃ at 21:00| Comment(0) | 生徒と先生。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月14日

ありったけの愛で。28

 

 

「チャンミン先生!もうひっくり返しても良いですか?」
「……」
「まだですか?」
「え? ああ …はい。一度、裏返してみましょうか」
「はい!分かりました!」



さっきからと言うか、ずっとと言うのか?またチャンミン先生の様子がおかしい。

妙によそよそしい?それとも上の空と言うか。心ここにあらずって感じがする。

 
もしかして、呆れているんだろうか。まだ大人しく、言う事を聞いていると思うけど…。それだと駄目だって事だろうか。

もっと努力の成果を見せた方が良い?菜箸で鶏肉を裏返しながら、真剣に考える。

 

「あの、チャンミン先生」
「……」
「まだ焼きますか?」
「……」

 

返事がなくて、視線を向けた。その瞬間。チャンミン先生と目が合い、物凄く動揺された。

もしかしなくても…チャンミン先生は…俺を見ている?

手元じゃなくて?俺の顔を見ていた?


…何か、変な物でも飛ばしているのだろうか。

洗い物をして、泡を飛ばした位だからな。気付かないうちに、色んな物を飛ばしていたのかも知れない。

 

「チャンミン先生」
「は、はい」
「俺の顔に何かついてますか?」
「え?」
「もし、ついているなら、言って下さい」
「…ど、どうしてそんな事を?」
「だって、俺の顔、食い入るように見ていたから…」
「な…」

 

そこまで言うと、チャンミン先生の顔がどんどん赤く染まっていく。

 

「そ、そんなに見ていましたか?!」
「え?違いましたか?」

 

会話が噛み合っていない?
首を傾げていると、やけに香ばしい匂いが漂ってくる。

 

「ああ!」
「え?」

 

目を離していた間。焼き目をつけるだけと言われていた鶏肉が…真っ黒になっていた。

 

 

 

 

 

「…何て事を…」
「チャンミン先生?」
「ごめんなさい!ユノさん!!こんな事になって!!」
「あの?チャンミン先生?」

 

焦げた匂いがキッチンに充満している。こんな事になるなんて、想像していなかった。


ユノさんの横顔に見とれていた。だからって、焦げていた鶏肉に気付けないなんて…有り得ない。偉そうに言えない。これまでの態度も急に恥ずかしくなって、一生懸命に謝罪する。

 


「ごめんなさい、ユノさん」
「チャンミン先生が謝る必要、ありますか?」
「だって!」
「焦がしたのは俺ですよ?まだまだ未熟な生徒で申し訳無いです!」


ユノさんは変わらない笑顔でそんな事を言う。


 

「それは違います!これは僕の指導不足で!」
「これは何かの試験とかじゃなくて…気負いするなって、チャンミン先生が言ったんですよ?」
「…え?」
「このチキン、まだどうにかなりますよね?」
「表面だけ焦げているので、取り除けば…」
「なら、この場合の対処法を教えて下さい!」
「でも、焦げた匂いは取れないかも…」
「それも良いアクセントになりますよね?是非、お願いします!」

 

ユノさんは本当に屈託無い笑顔を見せる。申し訳なさは変わらずにあるけど、それよりも。ドキンドキンと鳴る心音が煩い。

 

「チャンミン先生の知らない一面を見られて、俺は嬉しいです!」
「え…」
「ありがとうございます!」



お礼まで言われて、返せる言葉がない。頬を熱くして、鶏肉の焦げを削ぎながら、手元が震えないようにと強く念じていた。

 

 

 

 





 



 

 

 

posted by てつちゃ at 09:00| Comment(0) | 生徒と先生。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする