2019年11月17日

ありったけの愛で 69




「……はあ」
「どうしたんだ?ユノ。朝から大きな溜息なんてついて」
「失礼な。これは溜息じゃない。幸せいっぱいの吐息だ」
「…違いが分からないな」
「幸せの理由が聞きたいか?」
「いや、別に良い」
「はあ!?俺が教えてやるって言うのに、拒むのか!?」
「…面倒くさいな…」


笑みを消し顔を逸らす友達に、俺は力説した。


チャンミン先生と過ごす時間の素晴らしさを。楽しくて嬉しくて、ふわふわしてドキッとする。良い感情全てが入り乱れる、かつて無い尊い時間だって説明をした。

友達は良かったなと呟き、仕事を始める。



「見送られて家を出る幸せも最高だった。それだけじゃないんだ!今日はチャンミン先生の方が早く帰宅するから、豪勢な夕食を用意して待っていてくれるんだ!」
「…へえ」
「俺は定時に帰る!」
「そうなれば良いけどな」



浮かれすぎた俺には、余計な事を喋りすぎている自覚なんて微塵もなかった。









鼻歌交じりで時計を見る。

何度も確認しているのに、時計の針が止まっているように見えるのは、何か異変が起きているのだろうか。


あちこちの時計を見比べ、唸る俺の傍に、友達が立つ。



「もう少しだな、ユノ」
「ああ!」
「チャンミン先生の料理は最高に旨いんだよな?」
「ああ、そうだよ」
「折角だから、オレ達にもご馳走してくれ」
「は?」



ニタリと笑う友達に、ふざけるなと返した。

けど、警戒心が足りなかった。早く帰る事だけに必死だった俺は…友達らが結託して突撃訪問してくるまで、戯言が本気だったと認識していなかった。




 

 





***


「ンフフ〜♪」



キッチンに立ち、作業中。自然と洩れる音程は軽いリズムを刻んでいる。


誰かの為に作る料理はこんなにも楽しいものだった?大袈裟かも知れないけど、これまでの感覚とは何もかもが違う。ユノさんの為に作る夕食だから?楽しくて嬉しくて、ウキウキしてしまう。



「こんなに沢山作っても、ユノさんは食べきれないだろうな…。あ、でも、その分、僕が食べれば良いか。ああ、でも朝食の時みたいに見つめられて食べられなくなったらどうしよう…。で、でも、それも良いかも…」

 

張り切りすぎてしまったせいか、加減が出来ない。そこを反省する気が起きないのは、浮かれているって証拠だろう。そんな理由付けをして、トントンと一定のリズムで玉葱を刻んだ。

 



時計を見ると、時間は知らない間に過ぎていた。そろそろユノさんが帰って来るかも知れない。早く会いたい。声が聞きたい。そんなに急かなくても良いのに、せっかちな切なさを抱えていると、チャイムが鳴った。

 




「ただいま」

「お帰りなさい」

 

ドアを開けた瞬間。視界に飛び込んできた笑顔に心を締め付けられた。

 

「滅茶苦茶、急ぎましたけど、遅くなりましたね!」
「お疲れ様でした…」


鞄を受け取り、ドアを閉める。振り向いた瞬間。ユノさんの腕に包まれた。

 

「…帰って来て直ぐにこうして、大好きな人を抱き締められるなんて…。幸せすぎます」
「…僕も。ユノさんの帰りが待ち遠しくて…落ち着かなくて…。それでも楽しい時間を過せました…」

 



ここで報告し合う必要はないのに。離れられない。抱擁だけじゃなくて、もう少し熱さをくれないだろうか。ユノさんは不意に浮かぶ想いを見抜いてくれる。微笑み、唇を合わせていると、急にチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 





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2019年11月15日

ありったけの愛で 68

 

 



「んん…?」



寝返りを打って、直ぐに違和感を覚えた。枕やシーツの肌触りや心地良さが何か違う。

それに…鼻先を掠める良い香りは何だ…?

まだ夢の中にいるのだろうかと、ぼんやり思う。



「ユノさん、もう起きませんか?朝食の用意が出来ましたよ?」

「……」

「ユノさん? …っ!?」

「何て良い夢だっ!!」



耳に届いた声は間違いなくチャンミン先生のものだ。確信して、腕を延し、思い切り引き寄せた。途端に感じる重さと温もりと柔らかさ。なんてリアルな夢だろう。ニンマリしながら目蓋を開ける。

 

「あ?」
「…っつ」

 

これは夢じゃないのだろうか。分からないから確かめたくて、温もりに手を這わせる。すると、くぐもり声が聞こえて、真っ赤な顔をしたチャンミン先生と目が合った。




「…チャンミン…先生?」

「ユノさん、寝惚けてますか?」

「どうしてここに…」

「どうしてって…」

 

戸惑うチャンミン先生越しに見える景色は、俺の部屋とは違う。これはチャンミン先生家の寝室だ。って事は、本物のチャンミン先生か…。

 

 

「あ!そうだ!!俺はチャンミン先生と同棲を始めたんだった!!」
「ユノさん!声が大きいです!」
「おはようございます!朝からチャンミン先生を抱き締められるなんて、最高の目覚めです!!」
「ユノさん…っ」

 

興奮のせいか、腕に込める力の加減を調節できない。うれしい幸せで、苦しいと藻掻くチャンミン先生を中々離せなかった。



 

 





***



「あの、ユノさん。今日の帰宅は何時位になりますか?」
「……」
「大体で良いので教えて貰えると…夕食の準備に都合が良いかなと思うので…」
「……」
「ユノさん?聞いてますか?」
「…え?何ですか?」

 

空いたグラスにオレンジジュースを注ぎながら、問い掛けた。なのに、ユノさんは黙ったまま、返事をくれない。聞こえなかったのかと聞き直すと、ユノさんはゆっくり表情を和らげ、大きく息を吐き出す。


「…こんな時間が過せるなんて…俺は何処までも幸せです」
「え?」
「こんな豪勢な朝食を用意して貰っただけじゃなくて、向かい側では物凄く素敵な人が笑っていて…。まだ起きて数十分なのに。これでもかって程の幸せを感じられて…本当に幸せですよ、俺は…」
「…ユノさん」

 

何を言っているのかって、茶化せない。だって、ほんのり桜色に染まるユノさんはとても真面目に、心の底からの気持ちを吐露しているようにしか見えないから。


マジマジと見つめられ、うっとりされると…気恥ずかしさが滲み広がる。ギリギリまでオレンジジュースを注いだグラスを置き、視線を落とした。

 



「あ、あの、ユノさん。そんなに見つめないでください」
「どうしてですか?」
「恥ずかしくて、このままだと食事が喉を通りません」
「それは大変です!」

 

だから、視線を外して欲しいと言っただけなのに。ユノさんは何を思ったのか、急に立ち上がり、椅子ごと隣へと移動してきた。

 

「ユノさん?」
「正面からじゃなければ、見つめていても良いですよね?」
「え?」
「チャンミン先生の頼みでも、直視するなって言い付けは守れません」
「…あの…?」
「俺の視線は気にせず、普段通りにしていてください」
「そ、そんな…」

 

向かい側にいた時と違い、距離が近い。状況は変わったようで、そうでもないようで。寧ろ、悪化したような…。


訴えても、無理だと謝るユノさんが熱い眼差しを投げてくるから、僕はいつも通りの食欲を発揮出来なかった。

 

 






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2019年11月14日

ありったけの愛で 67

 

 


「…はあ、気持ち良いな…」



広さのある湯船に浸かると解放感に包まれる。自然と込み上がる心の底からの呟きを漏した。


何て言えば良いのだろう。今が初めてじゃないけど、馴染むほど、ここを使わせて貰った訳じゃない。それなのに、ここまで落ち着けるのが不思議だ。


チャンミン先生の空間と思うから、そう感じるだけなのか。そうだとしても、違和感の無さに嬉しくなり、表情は緩みっぱなしだ。

 



『あの、ユノさん?タオルと着替え、ここに置いておきますからね』

「あ!ありがとうございます!」

『どうぞ、ごゆっくり』

「あ、あの!!」

『はい?何でしょう』

 

ドア越しに聞こえた声を呼び止めたのは衝動に突き動かされたからだ。何か言いたかったとかじゃない。でも、引き留めてしまった以上、何か言わないと。そう思って口から出たのは、俺の本音で有る事に間違いは無い。

 


 

「今度、背中を流しますから!」
『え?』
「どこもかしこも丁寧に、チャンミン先生の身体を洗わせてくださいね!」
『……』
「この前は朦朧としているチャンミン先生を綺麗にしましたけど。そうじゃないチャンミン先生も、俺が綺麗に…」
『ユ、ユノさん!その話はまた後でしましょう!』
「え?」

 


チャンミン先生が立ち去る気配がする。でも、それと同時に色々な音が響く。何かに衝突し、痛がる声も聞こえたから、ジッとしてはいられない。バスルームのドアを開け、蹲るチャンミン先生に駆け寄ると、悲鳴が上がった。


 

「チャンミン先生!?何処か痛めましたか?!」
「ユ、ユノさん!前を隠して下さい!」
「そんな事より、チャンミン先生の身体は無事ですか?」
「お願いですから!タオルを巻いて下さい!」


 

会話が噛み合わないのは何が理由だろう。お互いの言う事に返事をしない俺達だから、いつものようにそのままの状況は暫し継続となった。

 

 
 






***

 

「ああ、どうしよう」

 

洩れた独り言は浴室内に反響して、時間差で僕を責める。


ユノさんと既に結ばれているとは言え、大事な部分や魅力的な肌を見慣れてもいない。しかも、僕のベッドにはユノさんが待っている。もしかして、流れでそのままって事も有り得るかも知れない。そんな想像をしてしまうから、ソワソワと落ち着かない。

 

「明日もお互い仕事なんだから、羽目を外す訳にいかない。ユノさんもそこの所は分かっているだろうし…。こんなドキドキ、必要ないのに…」

 

そう言ってみても、何処かで期待もしているのだろう。お風呂から上がり、寝る準備を整えるまでの間。僕は落ち着かなかった。

 




「遅くなりました…」

 

小さな声を発しながら、寝室のドアを開けた。

薄暗い部屋には寝息が響いている。もしかして、ユノさんはもう寝ている?そっと近付き、覗き込むと…とても穏やかな寝顔が見えた。

 

「…ああ」

 

思わず洩れたのは残念だと嘆く声だろうか。先に寝ていてと言ったのは僕だ。ユノさんは起きていると言っていたけど、待てなかったのだろう。


黙って無防備な寝顔を見つめていると、これで良かったと思える。

 

「お邪魔します…」

 

自分のベッドなのに、一応、頭を下げてから、ユノさんの隣へと潜り込む。

 

「おやすみなさい、ユノさん」

 

小さな声で囁くと、ユノさんが反転し、腕を延してきた。驚き固まる僕をしっかりと抱き寄せたユノさんは変わらず、規則正しい寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

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2019年11月13日

ありったけの愛で 66

 

 

「あの、ユノさん…」
「何ですか?」
「さっきの…色んな物。凄く気になるんですけど…」

 
油断した末の惨状を上手く誤魔化せたと思ったけど、そうでもないみたいだ。チャンミン先生の家までもう少しの所で、忘れたい話題を持ち出された。

何の事だろうって、惚けようとも思った。でも、それは不誠実かと思い直し、頭を下げる。



「チャンミン先生。どうせ、バレるなら…隠しても仕方ないので今から報告しておきます」
「報告…ですか?」
「俺は整理整頓と言うか…片付けがどうも苦手みたいです」
「そうなんですか?」
「はい!!って、自信を持って言い切るのも可笑しな事でしょうけど。誤魔化しきれる気がしないので、今、白状しておきます」


繋いだ手を揺らして歩きながら、自他共に認める短所を報告する。



「でも、この前、お邪魔した時はそれ程、散らかっているようには…」
「やろうと思えば、それなりには出来ます。でも、ちょっとでも気を抜くと何処までも散らかると言うか…」


苦笑いしながらもっと細かな説明すると、チャンミン先生は笑い声を響かせてくれる。

 



「なら、それも楽しみですね」
「え?」
「ユノさんが苦手な事は…僕がお手伝いします。それが同じ時間を過ごす意味だって、ユノさんは言いましたよね?」
「は、はい」
「食事の用意はどうしましょうか。得意な僕が担当しても良いですけど…」
「俺は手伝います!あ、でも休みの日とか、早く帰れた時とかには、指導を受けつつ、頑張りたいです!」
「そうですか?」
「いざと言う時の為に、あらゆる努力を惜しまないって言いましたからね」
「いざと言う時…ですか?」
「はい!チャンミン先生が動けなくなるまで頑張った後で、俺一人でも頑張れるように!」
「…ユノさん」



言葉の意味を理解した途端、チャンミン先生の頬がほんのり赤く染まる。


早速、押し倒したくなったけど、それはまだガマンだ。浮かれつつ、引き締める所はグッと締めよう。そう思っても、口元の緩みを引き締めるのは難しい事だった。

 

 

  





***
 

「お邪魔します!」
「は、はい」
「あ、でも明日からはただいまって言えますね」
「あ… はい」

 
玄関のドアを閉めながらの会話にもときめく。

まさか、こんな展開が待ち受けていたなんて思わなかった。

 

明日…からじゃなくて、今この瞬間から。僕とユノさんの帰る場所は同じになった。

急すぎて、実感があるとは言えないけれど、これは夢でも幻でもない。そう知らせるように、ユノさんの声が響く。

 

「あの!勝手に上がっても良いですか?」
「どうぞ。だって、ここは今日から…ユノさんの家でもあるんですから…」

 

自分で口にすると、気恥ずかしさが駆け抜けた。頬も熱いし、妙にソワソワする。

 

「でも俺はチャンミン先生と一緒が良いです」
「え?」
「早く靴を脱いで下さい」
「は、はい…」

 

ユノさんの手を差し出されると、見慣れた景色がまるで違う。全てが煌めいているように見える。壁や床や天井も。ユノさんの煌めきに染まっていくかのよう。僕の目にはそう見えた。

 

 

 

リビングに入ると、荷物を降ろしたユノさんは時計を見遣る。食事は終えた。もう時間も遅い。となると、後は寝るだけだ。

 

「ユノさん、先にお風呂に入りますか?」
「いえ、俺は後でも良いです」
「その間に、準備をしますのでどうぞ、お先に入って下さい」
「そうですか?」

 

そんな会話の後で、ユノさんの独り言が耳に届く。

 

「一緒に…って言ったら、怒られるかな…」

 

「い、今はまだ、心の準備が出来ていないので…」

 

「え?」

 

思わず、返事をしてしまって、僕自身も驚く。運ばれるのと自ら進んで入るのとは意味が違うと言い訳をしたい。でも、声にならない。


ユノさんも反応があると思わなかったのか、目を見開き驚きを示している。

 

「あ、あの!今のは…」

「なら、心の準備が出来る日を楽しみに待ってます!!」

 

ユノさんの笑顔に、僕は弱い。余計な発言を取り消すのも忘れて、またアッサリと頷いてしまっていた。

 

 

 

 



 

 

 

 

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2019年11月10日

ありったけの愛で 65

 

 

「あの、ユノさん」
「何ですか?」
「やっぱり…一緒に暮らし始めるのは…明日からにしませんか?」
「しません!」
「で、でも…」
「チャンミン先生!」
「は、はい」
「返事を貰った以上、先延ばしにする必要はないと思います」
「だけど…」
「今夜は俺の着替えだけを持って、チャンミン先生の部屋に行きます!」
「あ… はい」


 

夕食を楽しむ間にも話をした。でも、まだどちらの部屋を優先させるか、答えは出なかった。でも、出ている答えもある。それは今夜から、俺はチャンミン先生と同じ場所へ帰るって事だ。



店を出て、歩き出した所で、チャンミン先生が弱気な発言をした。俺は強引に返事を貰い、しっかりと手を繋ぐ。




 

「でも、ユノさん。そこを焦らなくても…きちんと準備を整えてからでも良いような気もしませんか?」
「いえ、全く」
「だって、僕の部屋には足らない物もありますよ?」
「足りなければ、持参なり…買い出しなりしますから。心配しないで下さい」
「でも…」
「大丈夫です!今夜は大人しく寝るだけですから。あ。もし、落ち着いて寝られないなら、俺は床でもソファーでも良いです」
「そんな訳にいきません!一緒に寝てください!」
「良いんですか?」
「は、はい…」


チャンミン先生は俺を拒否するつもりは無いみたいだ。

少し心配性で、気を遣いすぎる所があるんだろう。そこも魅力の一部分だと思うから、俺は緩む表情をどうにも出来ない。



「でも、ユノさんが寝苦しいなら…僕がベッドを譲っても…」
「大丈夫です。落ちそうになるなら、引き寄せるだけですから」
「…え?」
「大きなベッドを買うまでの楽しみとして…どれだけ密着して居られるか!試してみましょうね!」
「は… はい」



そんな事は出来ない!とは言われない。

頬を赤らめ、良い返事をくれるチャンミン先生の様子に浮かれながら、俺はフワフワと宙を歩いているような気分でいた。

 

   





ユノさんに手を引かれて歩くのは、不思議な時間の感覚がある。しつこく残る躊躇いが膨らむ前に、次のステージに連れられていく。



「直ぐに用意しますので、ここで待っていて下さい!」
「ここで…ですか?」
「本当に直ぐに戻りますので!ここから動かないで下さい!」
「はい…」

 

ユノさんの部屋に入った所でそう言われた。ユノさんは急いで廊下を駆け抜け、部屋に入る。言われた通りに待っていようと思った。けど、念押しされた事に何か深い意味が有るのかと思い…奥を覗き込む。


 

『うわ!』

 

「ユノさん?」

 

突然、ユノさんの声がして驚き、声を掛ける。大丈夫だと言われたから黙ってみあ。けど、直ぐにまたユノさんの悲鳴のような声が聞こえた。何が起きているのか、益々、気になり…大人しくしていたくなかった。

 

悪いと思いつつ、廊下を進む。ユノさんの気配がする部屋のドアをそっと開けてみる。

 



「…ユノさん?」

 

声を掛けても返事がない。慌ててドアを全開にすると、ユノさんの悲鳴が響いた。

 

「…こ、これは…」

「み、見ないで下さい!!」

 

そこにある光景を理解出来ず、固まってしまう。


ユノさんが埋まっているのは…服の山?開いたクローゼットから崩れ落ちているのは…空き箱とか、袋とか…。兎に角、色んな物が散乱している。

 


「ユノさん、大丈夫ですか?!」

「予定外に雪崩が起きてしまっただけですから!お気になさらず!」

「そう言われても!」

「具体的な説明は後でします!今夜は先を急ぐので、この状況には目を瞑って下さい!!」



ユノさんはアクシデントに慣れているのか、華麗な仕草で荷造りを終える。勢いに気圧されている間に、僕は手を掴まれて、その場を後にしていた。

 

 

 

 

 

 。

 

 



 

 

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2019年11月09日

ありったけの愛で 64

 

 

「あの、チャンミン先生!!」

「は、はい」

「俺との未来はもう決まっていますけど!」
「は、はい…」
「出来れば、もっと早めたいと思っています!!」
「…え?」
「正式な婚約も、挨拶も…諸々とまだですけど!今夜から俺と同棲してください!!」
「ええ?」

 
俺の発言に驚くチャンミン先生は零れ落ちてしまいそうな程に目を見開く。



「俺の部屋でも、チャンミン先生の部屋でも、どちらでも良いです。交互に往き来でも構わないです!でも、同じ時を過ごしたいんです!」
「……」
「具体的な話を詰めましょう!」

 
興奮気味に話していると、チャンミン先生の顔が曇っていく。

 

「チャンミン先生?」
「あの…ユノさん」
「何ですか?」
「そのお話…とても嬉しいんですけど…」
「けど?」
「即答は出来ません!ごめんなさい!」
「え?」



頭を下げられ、困惑した。まさか、ストップを掛けられるとは思っていなかった。瞬きをして固まる俺に、チャンミン先生は申し訳なさそうな顔をして、謝る。

 

「どうしてですか?」
「…それは」
「俺と一緒に居たくないですか?」
「僕だって、ユノさんと一緒に居たいです。でも…」

 

ベテラン生徒さんとの会話を思い出し、視線を落とすチャンミン先生の考えている事に察しが付いた。

追い詰めるように…じゃなく。前向きになれるように。興奮は抑えながら、落ち着いて話し掛ける。

 



「あの、チャンミン先生。俺、思ったんです」
「はい…」
「無理な我慢は色んな意味で良くないと思います」
「え?」
「助言を貰い、後ろ向きは駄目だなって思ったんです」
「…助言…ですか?」
「チャンミン先生!!俺達は惹かれ合い、どんどん恋に落ちてます」
「は、はい…」
「それが理由で他の事が疎かになるのは問題だって思う所も、俺は好きです」
「…は、はい」
「でも、それでチャンミン先生が俯くのは嫌です」
「…それは…」
「だから、チャンミン先生!!少しでも早く慣れるように!とことん、一緒の時間を過ごしましょう!!」

 

握った手に力を込め、俺は叫ぶように言い切った。

チャンミン先生は瞬きを繰り返すだけ。まだ足りないならと、俺は素直な気持ちを更にぶつけたくなる。

 


 

「チャンミン先生。俺はチャンミン先生が下を向かないで良い方法を試したいんです」
「…ユノさん」

 


本当は直ぐに返事をしたかった。だけど、今でさえ自制出来ない僕が…もっとユノさんと共に時間を過ごせばどうなるのか。何となく想像がつき、それは良い事と言い切れる自信がなかった。

 

ユノさんはそんな僕の心境を見抜いていて、前を向こうと言ってくれる。


この手を振り解くなんてしたくない。でも、だけど…。頷いてしまっても良いのか、分からない。

 


「チャンミン先生。堅苦しく考えないでください」
「そうしたいですけど…簡単にはいきません」
「自制心が弱っているのは俺も同じです。だから…一緒に努力しましょう」
「一緒に…ですか?」
「はい。所構わず…と行きたい所ですけど、そうならないように頑張りましょう」
「でも、ユノさん。もし…我慢を頑張れなくて、止めようとしても…止まれなくて…その結果として…動けなくなったらどうしますか?」
「その時は…  俺が何でもします」
「え?」
「職場への連絡とか、謝罪とか。それ以外にも家事も洗濯も…何だって頑張ります」
「…ユノさんが?」
「はい。勿論、得意じゃないものもありますけど。俺が居ますから、何も心配しないで欲しいです」
「…そうですか?」



ユノさんの眼差しには熱がこもっていて、真剣さが伝わってくる。


周りへの配慮が不要って訳じゃない。それでも一番重要なのは、僕とユノさんとの気持ちだって…。失念していた事がジワジワと染み広がり、悩むのは間違いな気がしてくる。


 

「お互いに好き合っているのに、変な遠慮は可笑しいですよね?」
「…そうですよね」
「俺は二人で一緒に、色んな幸せを追求したいと思います。その第一歩として、一緒に暮らしてくれませんか?」
「……」


 

もっとしっかり、ユノさんの瞳を見つめてみた。眩しさで煌めく瞳に、迷いなんて微塵もない。一人なら、ぐらついて不安定でも、ユノさんと二人なら…全ては良い方向へと流れていくだけかも知れない。

 

そんな予感に背を押され、僕はゆっくりと頷く。

 


「…よろしくお願いします」

「ありがとうございます!!」

 

被せ気味で大声を上げるユノさんが笑顔を輝かせるから。僕もつられるように、口元を綻ばせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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2019年11月07日

ありったけの愛で 63

 

 




名残惜しさを押し殺し、大人しく帰ろうとした。

エレベーターを降りたところで、ベテラン生徒さんと鉢合わせし、足を止める。


今日はチャンミン先生を連れて帰らないのかと聞かれ、断腸の思いで我慢したと、正直に答えた。

苦笑いするベテラン生徒さんはチャンミン先生の様子を教えてくれた。

 
俺と同じ。人生で一番重要な恋をして、変化に戸惑い…悩んでいる。溜息をつく姿を想像すれば、今すぐ引き返して、連れ去ろうかと思う。

いや、駄目だ。そこを耐えなければ、悩みを増やしてしまう。それはそれで問題だ。頭を抱え、呻ってしまったせいか。ベテラン生徒さんはアドバイスをくれる。


「そっちの我慢をするんじゃなくて、飽きるほど、一緒に居れば良いんじゃない?」
「え?」
「これでもか!って位に、同じ時間を過ごせば、余裕も生まれると思うんだけど」
「それは…今すぐ、同棲した方が良いって事ですね!!」



ベテラン生徒さんは俺の反応に驚いてから、また苦笑いする。


誰かを好きになるのは悪い事じゃない。運良く両想いなのに、悩みを抱える必要はない。そんな簡単な事も見えなくなっていたと教えてくれたベテラン生徒さんに、深くお辞儀をして、礼を言った。

 





「…俺の部屋に来て貰おうか。それとも俺がチャンミン先生の部屋に転がり込もうか。新居は時間を掛けて探すとして…直ぐにでも引っ越せるように話を纏めないと…」

 

来た道を戻り、直ぐにチャンミン先生と話をしたかった。でも、邪魔な呼出し音が鳴り始めたから。あと僅かの我慢だと言い聞かせ、歯を噛み締めながら、職場に戻った。

 

 

 
 

 

 



***


早く帰りたい。

そんな想いは常に抱えていた気がするけれど、今はもっと強く思う。


ソワソワしているつもりはなかったけど、同僚の先生達に苦笑いされた。早くユノさんの元へ行けば良いと言われ、一度は首を横に振ってみた。でも、何度も同じ事を言われるから。申し訳無いと繰り返してから、頭を下げて、教室を出た。

 

ユノさんはもう待っているだろうか。早く会いたい。でも、こんな事ばかりを繰り返していたら…みんなに迷惑を掛ける事になる。

嬉しさと申し訳なさと有り難い気持ちとを抱え、エレベーターを降りた。そこには笑顔のユノさんがいて、それまでの葛藤のようなものは綺麗に吹き飛んでいた。

 

 
「チャンミン先生!話があります!」
「話…?ですか?」
「はい!!」

 

ユノさんは興奮気味で前のめりになる。直ぐに聞きたい気もしたけど、他の人もいる場所で騒ぎたくない。急いでユノさんの手を取り、歩き出した。

 

 

「あの!」
「ユノさん、夕食はまだですよね?」
「え?あ、はい」
「その話、食事をしながらでも良いですか?」
「今すぐに言いたいんですけど!」
「出来れば、もう少し待って下さい」

 

何故だか、ユノさんの声が大きい。あちこちから飛んでくる視線が気になる僕は、待って欲しいと懇願し、行きつけの店に直行した。

 

運良く空いていた個室に案内され、一息吐く。また前のめりになるユノさんを制して注文をした。ドリンクが運ばれてくると、ユノさんは縋るように僕を見る。

 

「もう話しても言いですか?」
「そうですね。話って、何でしょうか」

 

キラキラと目を輝かせるユノさんは漸く了承を得たと喜んでから、いきなり僕の手を取った。

 





 

 

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2019年11月06日

ありったけの愛で 62

 

 

「…あれ?おかしいな」
「どうした?ユノ」
「電話が繋がらない」
「は?さっき連絡したって言ってなかったか?」
「さっきのは声を聞くだけの電話だ。今のはこれから頑張る為のエネルギーを貰おうと思って」

 
時計を見て、間違いないと確認して…声が聞けない現実を嘆いたのは、独り言のつもりだった。でも、聞き逃さない友達が余計な気を回してくれる。


 

「お前、ちょっとしつこいんじゃないか?」
「え?」
「あれだけ綺麗な先生なら、片時も目を離したくないって思うだろうけどな。頻繁に付きまとわれたら、何か思われるかも知れないぞ」
「何を思われるんだよ」

細めた目を向けても、友達は慣れた事だと流す。


「もっと余裕を持てよ」
「それは無理だ」
「お前、そんなキャラじゃなかっただろ?」
「チャンミン先生と出逢う前の俺は、本当の俺じゃなかったんだ」
「今のお前が本来の姿だって言うのか?」
「ああ、そうだ!!」

 
躊躇いなく言い切ると、目を見開いた友達は表情を緩めて大笑いする。
 

「何が可笑しいんだよ!」
「いや、悪い…。ユノをそんな風に変える先生って、どれだけの魅力を持っているんだろうな」
「お前には教えないからな。俺だって、まだまだ全ての魅力を知っている訳じゃないんだ」
「だから、早く知りたくて、そんなに待てないのか?」
「ああ、そうだ」



顰め面で答えると、友達はまた笑い声を響かせる。揶揄われても気にならない。そんな事より、繋がらない電話が気になって、気になって気になって仕方が無かった。

 
 

 





***



「…はあ」

 
自分でも何をしてるんだろうと思う。溜息の理由を増やして、少しもスッキリしなくて。ユノさんに対しての罪悪感と、思うようにならない不甲斐なさが交じり合い、気分は良くない。


せめて、授業中は普段通りに…と、頑張ったつもりでも果たして上手く行ったのか。そこにも自信は無かった。

 

考えすぎだと分かっている。でも、何も考えないなんて無理だ。頭の中がユノさんの事で一杯で…何処から手をつければ良いのか、全く分からない。



 

「…ああ。ユノさんの声、聞きたいな…」

 
次の授業の準備中。思わず、独り言が出てしまう。もっと上手く、切り替えられたら良いのに。ユノさんを好きすぎて…僕が僕じゃなくなっていくのは…やっぱり問題なのだろう。

 



「あ…」

 

上の空でいると、ろくな事が無い。手元が狂い、調味料を溢してしまった。肩を落とし、作業台を拭いていると、聞き慣れた声が耳に届く。

 

 



「え?」


まさかと思いながら、顔を上げる。すると、視界に入ったのは手を振るユノさんの姿だ。何かを抱えたユノさんは、受付の先生にそれを渡し、僕の傍まで駆けてきた。

 



 

「ユノさん?どうして、ここに?」
「居ても立っても居られなくて、来ちゃいました!」
「でも…」
「大丈夫です。直ぐに戻りますから」
「…え」
「近くまで来る用事があったから、皆さんに差し入れを持って来ただけです」
「あ… ありがとうございます」

 
ユノさんに会えて嬉しい。だけど、ここで飛び付く訳にいかないと、拳を作り握り締めている。

 

「仕事が終わったら迎えに来ます」
「え?」
「それまでは…グッと我慢します」
「我慢…ですか?」

 

脳内で繰り返していた言葉だから、思わず聞き返すと、ユノさんは困ったように笑った。


 

「本当は今すぐ連れ去って、腕の中に閉じ込めたいですけどね。そんな事ばかりしていたら、戻れなくなりそうだから、我慢します」

「…僕も我慢します」

「え?」

「…本当は…今すぐユノさんの手を取って…駆け出したいですけど。社会人として…無責任は事はしたくないですから…」

 

見つめ合うと、お互いに複雑な顔をしているのが分かる。

 

「…チャンミン先生」

「…ユノさん」

 

今生の別れでもないのに、離れがたい。それを体現している僕達に向けられる周りからの視線には、苦笑いが溢れていたらしい。

 

 

 



 。

 



 
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2019年10月28日

ありったけの愛で 61

   




 

「あの…ユノさん。そこまでして貰わなくても…」

「無理をさせてしまったのは俺ですから。チャンミン先生は… いや、チャンミンは大人しくして居て下さい」

「でも、強請ったのは…僕の方で…」

「良いから、口を開けて下さい」

「は、はい…」


動けないとは言った。でも、食べさせて貰う程、弱っている訳じゃない。だから大丈夫だと言ったのに、ユノさんは僕を甘やかそうとする。  


悪いと思いながら、素直に言う事を聞いてしまうのは…何処かで嬉しいと感じるからだろうか。


 
「ここのピザはどうですか?」

「初めて食べましたけど…美味しいですね」

「そうですか?」

「はい。具材の組み合わせが好みです」

「本当ですか?どれが良いか悩んだんですけど!喜んで貰えたなら嬉しいです!」

「あの、僕の世話はもう良いですから、ユノさんも早く食べて下さいね?」

「何を言ってますか。俺よりチャンミン先生…じゃなくて、チャンミンの為に頼んだんですから。もっと食べて貰わないと」

「あの、ユノさん?呼び慣れないなら…先生付きでも良いですよ?」

「いえ。ここはベッドの上ですから。先生呼びは止める練習をします」

 

ユノさんは真っ直ぐで、とても真面目な人だ。頑なに僕の願いを聞き入れてくれる。 


そんな所が僕は好きだ。改めて思うから、頬が熱くなる。

 


「ん?どうかしました?」

 

気付かなくても良いのに。ユノさんは些細な動揺にも反応してくれる。


 

「…ユノさんの事が…好きだなって思って…」

 

ベッドの上だと、何かが変わるのだろうか。気持ちが簡単に声となる。

 

「…え?」

 

恥ずかしいけど、逸らしたくない。ゆっくり視線を上げ、ユノさんを見つめる。すると、ユノさんの頬も赤く染まっている。

 


「あっ、いや。そ、その…」

「俺も!益々、大好きが増しました!!」


 

する事をしておいて、こんな会話で照れる僕もそのまま受け止めてくれるユノさんが好きだ。そこから、何度も僕はユノさんへの想いを強くしていた。

 

 

 








***
 

「…はあ」


短い休憩中に切ない溜息が洩れたのは初めての事じゃない。


真面目に取り組もうと思っているのに、上手く行かない。上の空ばかりでは生徒さんに迷惑を掛けてしまう。それは申し訳無いと、気を引き締めているつもりだけど…油断すると直ぐに溜息が出る。

 


「どうしたの?チャンミン先生」

「え?あ、いや…」

「何かに悩んでる?」

「そんな事は…ない…ですけど…」

「もしかして、喧嘩したとか?」

「いえ。ユノさんはとても優しいので喧嘩にはなりません」

「なら…優しすぎて物足りないとか?」

「いえ…。ユノさんは頼もしくて…逞しくて…いつも満足させてくれます」

「なら…幸せすぎて怖いとか?」

「怖いって程じゃないですけど…。このままだと歯止めが利かなくなりそうで…それが問題だなって…」


 

話すつもりはなかったのに、つい、心境を吐露してしてしまった。ベテラン生徒さんは苦笑いして、贅沢な悩みだって言う。


 

「歯止めが利かなくなる程、大好きな相手に出会えて良かったじゃない」

「それはそうなんですけど…。僕が僕でなくなると言うか… これまで大事にしていたものが…おざなりになってしまうのは…嫌だと言うか…」

「チャンミン先生は案外、不器用なの?」

「え?」

「まるで、人生初めての恋をしているような感じに見えるけど」

「そ、それは…」

「一気に燃え上がるのは一時的なものよ?きっとその内に落ち着いてきて、ちゃんとコントロール出来るようになるわよ」

「そ、そうでしょうか…」

 

人生の先輩からの助言に救いを求めてみるけど、気になる事を言われる。

 


「でも、チャンミン先生達は違うかも知れないわよね」

「え?」

「落ち着くどころか、もっともっと燃え上がって…終わりなんて見えないかも!」

「ええ!?」

「もし、そうなった場合…。それも楽しむしかないと思うから、余り、考え過ぎない方が良いわよ?」

「は、はあ…」


 

アドバイスは有り難い。一応、お礼は言ったけど、スッキリ…とはいかなくて、困ったようにしか笑えない。

 


「チャンミン先生。どんな風に変わっても、チャンミン先生はチャンミン先生だから。心配なんて要らないわよ!」

「ありがとうございます」



そんなやり取りを終えた時。ユノさんからの着信がある。

直ぐに出たいと思ったけど。何故か、僕はグッと耐え…画面を操作しなかった。

 

 

 

 




 

 

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2019年10月27日

ありったけの愛で 60

 

 

「…チャンミン?」

 
名前を呼んでも返事はない。

意識を無くす程、攻め立てたのかと…今頃、冷静に思う。


それ程、長時間、睦み合っていた自覚はなかった。でも、時計に目を遣ると、想像以上の時が過ぎていて驚いた。


俺はまだ頑張れる。まだ何回戦か、いけそうだ。

けど、チャンミン先生にこれ以上の負担を強いる訳にいかない。深くまで吸った空気を思い切り吐き出し、満足感を噛み締める。

 


二回目で、これだと…次は何処まで無茶をするだろうか。具体的な想像をすると、熱さが復活しそうだから。慌てて、思考を止め、冷静になる努力をした。





目を覚ましたチャンミン先生に驚かれない位には…部屋を片づけるべきだろうか。遅くなっても夕食は取った方が良い。今から、俺に作れる物があるだろうか。冷蔵庫の中身を思い出そうとしても、上手く行かない。


何より、意識を無くしても…艶やかさを帯びたままのチャンミン先生を放置して、ベッドを降りたくない。

いや、でも…ここは頑張って離れた方が賢明のような気がする。そうしないと、勝手に身体が動き、好ましくない事をしてしまいそうだから。

 

 

「…今、ゆっくり休んだら…また後で楽しめますか…?」

 

口から出てしまった独り言が届いたとは思えない。でも、微かにチャンミン先生が微笑んだ。そんな解釈をしてしまった俺は、表情を緩ませながら、意気揚々とベッドを降りた。

 

 

 



**  

 

 
「…ユノ…さん?」

 

目蓋を開けずに、名前を呼んだ。不安になり、目を開けて、ここが僕の部屋じゃないって分かったから…もう一度、呼んでみる。

 

「…ユノさん?」

 

けれど、返事はない。ドアが開いていて、明かりが見える。人の気配がするから、少しは安堵した。

でも、一人でいるのは心細い。もっと大きな声を出したいけど…力が上手く入らない。

 

「…ユノさん」

 

自分でも弱々しいと分かる声しか出せないでいると、急に賑やかな声が返ってくる。

 

「今、呼ばれたような…」

 

大きな独り言を響かせながら、ユノさんが現われる。

 

 

「あ!チャンミン先生、起きましたか?」

「…はい」

 

何かを抱えていたユノさんは勢い良くそれを放り出して駆け寄ってくる。

 

「身体は大丈夫ですか?」

「…力が入りません…」

「無理させてしまって、すみません。また暴走してしまって」



ユノさんは腕を回して支えてくれる。

身体を起こされると、ハラリと毛布が落ちた。自分が裸って事を失念していたせいで、急激な羞恥心に襲われる。慌ててまた横になり、毛布に隠れようとした。

 

でも、ユノさんが邪魔をする。

 


「ユノさん、離して下さい…っ」

「今更、恥ずかしがらなくても良いですよ」

「そんな事を言われても…」

「ああ、そうですね。一人だけ裸じゃ、恥ずかしいですよね。なら、俺も脱ぎます」

 

ユノさんは冗談でなく、本気でそんな事を言っている。それが分かるから、慌ててユノさんを止める。

 

「脱がなくても良いです!そ、それより、今、何か落としませんでしたか?」

「え?あ…。そうだ。片付けの途中だったんです」

「片付け…ですか?」

「ああ、そうだ!料理までは手が回らなかったんで、夕食をデリバリーで注文したんです。もうそろそろ、届くかと…」

「…ああ、もうそんな時間ですか?」

「あのチャンミン先生。ここから出ないでくれませんか?」

「え?」

「どう考えても、今からじゃ綺麗にならないと言うか…。チャンミン先生を一人にしたくないので」

「…ユノさん」

 

他の部屋がどんな状況なのか、気になった。でも、それより勝るのは同じ気持ちだ。

 

「…僕が元気なら、一緒に片付けしたいですけど。今は…ここで一緒に居てくれますか?」

「はい!」

 

ユノさんの元気一杯の返事が響く。僕は顔だけ出しながら、同じように笑っていた。

 

 

 

 。

 



 

 

 

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